なぜ芸術家になったのか 絵を描く理由

投稿者: Atelier Fuzuki Arai 投稿日:

私は物心つく前、おそらく2歳頃から絵を描いてきた。家族や親戚一族に美術関連の人もいないし、家庭が裕福だったわけでもない。群馬の田舎で生まれ、地元の名産といえばキュウリとしいたけ。それ以外は特に何もない町。群馬には「上毛かるた」というオリジナルのかるたがあるが、吉井町には「吉井かるた」がなぜかあった。毎日何かしらの空しさを感じ、子供心に違和感があるまま過ごしていた。ちなみに名産のしいたけは毎日食卓に出されるため、当時は嫌いだった。

私は身長も低く内気な子供だった。小学生に入る頃、病気で足の骨が紛失してしまった。それ以降は、足全体を石膏で覆い松葉杖をつきながら生活していた。

とにかく暇だった思い出ばかりである。家にいても、遊べるオモチャも沢山持っていなかったので、やることは絵を描くくらいで一人遊びがエスカレートしていった。お金がかからない広告の裏に鉛筆で絵を描いていた。これだと画用紙を買わなくてよい。鉛筆は母が三菱鉛筆に勤務していため、家には鉛筆が山ほどあった。同級生が自転車で、山や川に遊びにいく中、私は毎日アタマの中で妄想して絵を描いていた。

ひたすら絵を描くのが楽しいかどうかといったら疑問だが、ずっと描いていたのは楽しかったのかもしれない。ただ、それしか出来なかったというのが近い感覚だ。勉強も運動もできない子供は、元気ハツラツで話しかけてくる他の子供達と話すのが難しかった。勢いに対して、こちらもうまく答えれないので、そのうち誰かと遊ぶことが面倒になっていった。チラシの裏は逃げだった。逃げ場といえば、よく神社にもひとりで散歩した。静かで学校の子供もいない場所だったから避難していたのだ。

子供の頃からそんな調子だったので、私はチラシの裏にいろいろな絵を真似しては描いていた。特に、当時放映していたアニメをよく描いた。ドラえもん。ドラゴンボール。ガンダム。

ひととおりアニメの線を写していると、何かしら訓練みたいになり、そのうち大まかに形をとらえれるようになった。色づかいなども、同じ赤でもサーモンピンクから、濃いワインレッドまで色々幅があることに気づいた。もう少し成長すると、神社で龍とか鷹を見て「これは格好良い」と思うようになり、小学高学年で興味は神社仏閣の仁王像や彫刻に興味がいくようになる。

幼稚園でよく描いていたのは、機動戦士ガンダムであり、特にラストシューティング※のポーズが大好きだった。首がなくなりながらも、敵のジオングと戦い相打ちになる儚さみたいなものが子供のころから好きなのである。

※「機動戦士ガンダム」最終話にてガンダムが両脚で地面を踏みしめ、右手のライフルを真上へ突き出すポーズ

おまけに、なぜそのシーンを描いたかというと、当時4歳の技術ではガンダムの顔が描けなかったからである。何も見ずともガンダムを描くには、顔がないラストシューティングがちょうどいい、と思っていた。

そんなこんなで、幼稚園の自由時間でも友達と遊ばず画用紙にひとり絵を描いていると、クラスの男の子が覗いてきて「ふーちゃん、うまいな!パーマン※描いてよ!!」と言ってきた。

※当時流行していたアニメ

もちろんガンダムに比べたら労力はいらなかった。私はいいよ、とパーマンを描いてその男の子にあげた。

すると、それを見ていた友達から次から次へと依頼がきた。お昼休みの自由時間をぜんぶを使い、そのまま同じように、ほとんどクラス全員に描いた記憶がある。

みんなからは絵を喜んでもらい、さらに「うまいね!うまい!」と言われた。私は褒められるのに慣れていなかったし、ひとりと会話するのも大変なのに、同時に3人以上から話しかけられたことで私は困惑した。たぶん私の目は教室の床ばかりを見つめてオロオロしていただろう。

そして、おもわず私はちいさな声で「あんまり上手いって言わないで」と、友達の前で言ってしまった。

すると、それを聞きつけたひときわ身体の大きい男の子が、私に言ってきた。

「じゃあヘタっていえばいいのか!!」

「ヘタ!ヘタ!下手クソ!!」

あまりにも耳元で大きな声で叫ばれたので、その日ずっと耳の奥が痛くなってしまった。次の日から、私は一層、孤独が好きになった。

core

【写生大会】

一層、孤独が好きになった私は、その後どうしたか。

小~中学生、さらには高校生まで絵を人に見せること自体を控えるようになった。これをトラウマというだろうか、妬みの対象になるのを恐れたため絵を描くことすら自分で言わなくなった。

それでも小学校では絵を描く授業になると、何かしら人前で自分の絵を見せることになる。

写生大会などがあると、私はなるべく「金賞」などを目指さないよう変な構図にしていた。

例えば、8割ほど空ばかりにするなど意表をつく画面構成にする。

今考えてみると、それはデザイン的には優れたものかもしれない。当時群馬にある地元小学校の風潮というのは、金賞になりそうな「小学生らしい」絵が好まれる傾向があった。いわゆる画面には緑があって山があって、建物や空がバランスよく配置されるもの。紅葉シーズンでは色とりどりの葉が描いてあるとなお確率は上がる。なので奇をてらった、何だこの絵は?というものは好まれなかった。

私は、王道の絵を恐れた。それでも絵自体のクオリティはなるべく下げたくないという、矛盾を従えた感情があり、画面はますます変な構成になっていった。

【ダンスに出会う】

平凡な学生だったし、他にとりえもないので美大を受験しました。 その大学でダンスと出会います。足も治っていたので、身体を動かせる楽しさに没頭しました。

なんだかんだ15年ほど踊って気付きました。あ、絵も踊るように描けばいいのかな。その時すでに35歳サラリーマン。

アートって知識も必要なのか!と気づき、本を読みはじめてHONZにも入ると、ドバイの外交官が100万で絵を買ってくれたのです。 はじめてのコレクター。感動。

自分の美大卒の友達も、こんな経験はしていません。

月と薄の絵

Zen Painting 


【絵と禅】
絵を描いていると、無心の「いまここにいる」感覚が訪れるときがある。

絵の具をとり、墨を擦り、淡々と筆を紙にのせる。デジタル技術でもって制作してもよいのだが、こうしたアナログな一連の作業、ひとつひとつの動作を淡々とこなすのが好きだ。

外国人からよく「禅って結局どういうこと?」と聞かれる。

私が3歳から絵を描いて、ダンスや弓やらに身体で取り組み実体験でいえることは、禅とは自分の意識をいつでも「今」におくことだろう。

ビジネスマンだった頃、同僚によく「ああ、あの時こうすれば良かった!」とか「昔は良かったよ。今の子達はダメだね」とか自分の世代、つまり過去と比較して話する人がいるけど、そういった人は往々にして業績は振るわず。どんな仕事でも同じことを言っていた。きっと今にフォーカスできていないので、脳がグルグルとまわり何がしたいのかも自分で見つけられないのだろう。そうか、だからマインドフルネスが流行るのかと感じた。

個人差はあると思うが、絵を描くという行為は筆に絵の具をのせて描くひとつの禅体験であり、意識を今そのものにもっていくことのできる便利なツールなのである。

最近は、どうやって絵のインスピレーションが生まれるの?

と海外の人を含めて、よく聞かれる。

経験上、脳で考えて構成を練ると良い作品が生まれない。

皆と同じく散歩や風呂、トイレなどリラックスしている時に、いいアイデアが突然浮かんだりする。その時は画像が目の前にビジョンとしてあらわれる。ただ残念ながらそれは1時間もすれば消えうせてしまうので、真夜中に浮かんだときは、「寝ると確実に忘れる」私の特性もよく知っているので、深夜に2次元化する作業をする時もある。実際、私はふだん超ユルい人間だし、適当にボーっとして省エネしていることが多いので、その時くらいは集中する。

同様に、描いているときは、どんな気分なのかという質問もよく受ける。

集中している間は、とりわけ悦に入ってウットリしているわけでもなく、子供の頃からなので不思議とも思わないが、筆を持つと、穂先と紙、机、自分がいる部屋とその中の空気まで一心同体のような感覚に陥る。時間は感じない。

ちなみに高校時代、私は弓道部だったが(二段を所持)、弓矢の動作ひとつひとつに集中した結果、矢が的に当たっていた、その感覚に非常によく似ている。昔の人は、全身全霊という言葉を使用したが、色々と本でこの体験に近い表現を探してみたけれども、1番この言葉がしっくりくる。あるいは日本の書道も近い感覚だと思う。

慣れると、この感覚は料理にも応用できることを大人になってから知った。

現代アート ジョジョ

9.私は画家だ!その思いがエメラルドスプラッシュ
I am an artist! The passion is emerald splash.
29 x 42 cm
Mixedmedia

そして私は決意した。誰がなんと言おうと芸術家で生きていこうと。

『ジョジョの奇妙な冒険』の花京院典明が好きだ。花京院はクールで冷静、かつ頼りになる。DIOとの闘いでは、最後にスタンド能力について説伝えるため、時計台の針を壊すことで承太郎やジョセフなど仲間を思い自らは死んでいく。そんな人間、実際に上司にいたら最高じゃないだろうか。

荒木飛呂彦先生のモットーは「人間賛歌」だという。

正直、学生の頃はその意味がよくわからなった。でも自分が家族を持ち、アーティストとしてこの世界の森羅万象を意識するようになると、年々そのテーマは素晴らしいと感じるようになった。

悪や善、怒りや愛、すべての感情と体験を経験し成長する人生。もしかしたら人は魂から感動して成長するプログラムになっているのかもしれない。そう思いながら、自ら感動できる絵を追求しています。

カテゴリー: Bio エッセイ

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