『アンティーク・ディーラー』世界の宝を扱うビジネス

投稿者: Atelier Arai Fuzuki 投稿日:

 「アンティーク・ディーラー」

なんと心地よい響きだろう。アンティークにディーラーである。この言葉の組み合わせに強く惹かれる。ただいきなり残念なことを申し上げると、アンティーク・ディーラーは世界で年々減少傾向にある。フェアの開催頻度・規模でいえば文句無しでイギリスが一位だが、一方で日本も1980年代にヨーロッパから大量に取り入れたお宝がワンサカある。のれん分けなど後継者が育ちにくいシステムで継承が難しいのだが、著者はこのディーラーの減少傾向に憂い顔だ。

のっけから後継者を危惧してしまったが、というのもこの世界があまりにも魅力的だからだ。単純に考えても、吸い込まれるような色彩のジュエリー、時間をかけて彫られたカメオ、メルセデス1台分のヘラクレス彫刻など世界中のお宝が商売道具とは羨ましい限りだ。ここにディーラーが介入すれば世界各国の先達から受け継がれた美と伝統工芸品を後世に伝えることができる。もちろん商才には、器量や運など他の職業でも必要な要素が備わるのも大切だが、何より「本物を見分ける審美眼」を要求される仕事なのだ。

日本のアンティークショップというと、大概は一通りの商品を扱っているが、本家アンティーク大国イギリスでは、ショップといえども専門的で、マイセン、パイプ、鏡、ナイフと恐ろしいほど細分化されている。またそこから年代別、さらには国別の専門もいるわけで、それらがビジネスとして成り立ってもいるし、彼等は自らの好きなものを極め、収集し販売していくことに生き甲斐を感じている。

残念なことに日本ではディーラー不在の世代交代により、アンティークの売り先がわからず、一般の質屋や金の買い取り業者に流れてしまっているケースも少なくない。100年以上大切にされてきた貴重な品が装飾を外されて金の重みだけで取引され、次々に溶解されてしまっている。その現状を打破するためにも、広くアンティーク界を知ってもらうためも本書は刊行された。

それゆえ内容はアンティーク入門書でもある。ただアンティークと言われても、具体的にどういった品を差すのか想像つかないが、アンティークには定義がある。1934年に規定されたアメリカ合衆国通商関税法によると「今から100年以上前につくられた製品」を指すそうだ。2013年現在ではエドワーディアン期(20世紀初めから第一次大戦前イギリス)となり、1920~30年代のアールデコ期は、まだアンティークとは呼べない。

また「アンティークって高いでしょ?」と誤った先入観も解決されるはずだ。アンティーク風に制作されたレプリカ製品をリプロダクション(現代物)というが、例えば19世紀に製作されたものは、同じ値段なのに、現代では作れない高い技術と膨大な時間をかけて作られた作品が多い。比較はできないが人の寿命は長くて100年、アンティークは100年以上~長いもので2000年以上に作られたもので歴史の重みが異なる。祖父から、そのまた曾祖父から受け継がれてくる宝の歴史背景も、アンティークの魅力のひとつだろう。

著者はこの道20年のプロだが、若い頃から世界中でアンティークを買い付け、日本を中心として販売している。持ち前の「審美眼」は美術品、骨董品、民芸品に通じる父の影響から、目と体で身につけてきた。初めて父親に連れられた骨董品マーケットでは、巨大な品揃えと莫大な金が動くその空間に感動し、自己資金を貯め世界各地の骨董市を巡り、さまざまな国のプロと出会い、物を通し歴史を語らい、感動を共感していく喜びに酔いしれた。

ここでおもむろに、興味深いタイトルをあげてみよう。

●ストーン・カメオの見極め方
●ジェットの見極め方
●エジプト 秘密のオークション
●ジュエリーに「霊」は宿るか?

はっきりいってマニアな世界だと思う。カメオなどは想像つくが、ジェットは何のことだ?宝石に力が宿るの?などこちらの好奇心をツンツンくすぐるタイトルをつけてくる。本文で紹介されているアンティーク写真は、表紙の装丁にカラーで掲載されているため、何度も見比べてしまう。まったく編集者にはやられっぱなしだ。

ところで、ディーラーが扱う商品には本人の人格が現れるそうだ。誠実な人間は、時代製も揃った比較的まじめな商品が並ぶ。悪い人間には、本物と本物の間にレプリカをまぜてくる。アンティークとニセモノの見分け方はどこなのだろう?しっかりとした店で購入すればよいのか、それとも値段が高ければ本物なのか、と疑問がうかぶが、答えはどちらも「NO」である。第Ⅱ章では、アンティーク・ジュエリーやガレ、ドームを例にニセモノ事情について語っている。ここに初心者でも贋作を見分ける方法が記載されているので、商品を選ぶ際の参考になるだろう。

世界各国の美術品を巡り読み進めると、美術と歴史的経緯が交差し、まるでトラベラーのような気分になる。そこに個性的な人間も介入してくるので、こんなにも楽しい世界があるのかとワクワクしてくる。ディーラーという人間の考えは、優れた美術品は人類共通の資産であり、保有する場所は関係ないという意見が大多数だ。彼等は時を超え、アンティークの品々を大切にする心のある人へと受け渡し、紹介していければと考えている気持ちの良い人間なのだ。(もちろん例外もいるが)

この本をガイドに、敷居が高いと思っていたアンティーク・ショップに行く楽しみが増えた。「謎」と「美」に包まれたアンティークの世界へようこそ。

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著者が推薦する日本のアンティークギャラリー:

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店長:石井陽青さん 銀座アンティーク アイ

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カテゴリー: RECOMMENDED BOOK

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