2016年の日本経済は欧州金融機関の混乱、中国経済の減速、また日本銀行のマイナス金利政策による波乱の年となった。それでも欧米主体の現代アート業界は不思議なもので、ジェフ・クーンズやダミアン・ハーストなどの地位が確立したアーティストであれば安定した優良株のように、供給するたびに買い手がつくほどの市場が形成されている。
牛の輪切りをホルマリン漬けにした作品で知られるダミアン・ハースト。ニューヨークのガゴシアン・ギャラリーで取扱う彼の作品は、ドット絵ですら1点100万ドル以上で瞬く間に売れる。世界中のギャラリーが集結し販売されるアートバーゼルなどのフェアでは、資産価値も増やす目的プラス文化的ステイタスとなり心情的に有利と判断するコレクターはブランディングされたわかりやすい作品を欲しがる傾向にあるので、セイの法則でいう「供給はそれ自身の需要を想像する」が具現化されている。
そんな中、人気作家の制作方法はアンディ・ウォーホルのファクトリーやルネサンス期のミケランジェロよろしく工房形態をとるようになる。ポップアーティストのスター、ジェフ・クーンズなどはニューヨークに工房スタッフを100名以上雇い、制作は彼等に任せている。作家本人の仕事はコンセプトを考えることであり、プレゼンテーションをすることであり、もしかしたら彼はそのビジネスライクな笑顔自体がアートなのかもしれないが、最後にスタッフが仕上げクオリティがレベルが水準に達した作品についてサインする。工房形式は今やメジャーであり、村上隆氏も同様にアートを産業として捉え、中国の作家達も同様の形態をとる。
こうした背景の中、本書はミズマアートギャラリーのオーナー三潴末雄氏が、寡作と言われようとも手を動かし黙々と制作する所属作家30名についての魅力を語る。
ミズマアートギャラリーに所属する作家は、気骨溢れる作家ばかりだ。森美術館で開催された「天才でごめんなさい」展で約50万人の来場客を動員した批判精神あるれる会田誠。日本屈指の現代美術コレクター高橋龍太郎は日本の現代アートは会田誠に尽きる、とまで言い切った。本書には各作家が作品とともに見開きで紹介されているが、会田誠に関しては「危険すぎる最高の知性派」とキャッチコピーも秀逸だ。
あまりにも緻密なペン作業で1日に10センチ四方しか制作が進まない池田学の作品も驚愕する。池田が描く樹は森のように深淵で濃密、本書でも確認できるが部分には小世界が表れ、さらに根元には幻視のアジア都市が広がっているなどそのスケールは計り知れない。現在は3x4メートルの作品を描きたいために、アメリカ・ウィスコミン州にあるチェゼン美術館のスタジオで制作している。チェゼンは制作のため週一回の制作公開を条件に、3年間の無償提供を申し出た。
その他にも、日本におけるミニマリズム至上主義と真向から立ち向かう、華美にして婆娑羅のスタイル天明屋尚、日本という土壌と技術を継承しながらも、バイクに侍がまたがるといったアイデンティティを捉え直す作品を生み出し続ける山口晃といった面々が連なる。B5版でフルカラー、また作品図版も130点を掲載しボリュームが多いので、ロンドンの巨大美術館のように数日かけて各作品と対峙することをオススメする。
作品のコンセプトが先行する現代アートにおいて、ミズマアートギャラリーの作家達から生まれる作品には、もはや言葉にできない圧倒的なエナジーを感じる。現代はアートヒストリーにおいて、ステイトメントやどこそこの美術館で展示した経験やら、ゲームのように論理武装するような面もあるが、そうしたコンセプトを凌駕する圧倒的な存在感だけの時代がくるかもしれないと思わせる。三潴氏はそうした作家ばかりを確かな嗅覚で汲み取り、集め、ギャラリーを運営している。ページをめくり各作家に共通するのは、一日中作品と向き合うような、あくまで腕一本で勝負する姿勢である。
もちろんこれらの姿勢は日本の伝統的職人スタイルと言ってしまえば珍しいものではないかもしれない。ただ、その膨大な手の熱量と作家の情熱は、指先から表現媒体に伝導され、確実に作品のクオリティに反映される。それらは誰もが心の琴線に触れるのではないか。かつて柳宗悦は「日本は手の国だ」と称したように、ひとたびそれらの作品に出会えば、作品自体の圧力の高さを肌で感じとれるだろう。
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