細胞内銀河へようこそ
吉森 保(生命科学者)
新井の絵はどれも素晴らしい。彼が描く「銀河文字」は、私達と宇宙をダイレクトに接続し、私には細胞の中の広がりを想起させる。私達生命科学者にとって、小さすぎて目に見えない10マイクロメートル(100分の1ミリメートル)の細胞の内部は宇宙だ。これは比喩ではなく、そこには膨大な数の極小の分子群が織りなす複雑にして精緻なシステム=社会が存在しているのだ。
新井は意識をわたし→家→地域→日本→宇宙→銀河→霊界→天界→カミ(火・水)の世界、天(源・創造主など名称は世界で異なる)と広げるが、私達の研究もまた意識を内にむけることで、わたし→臓器・組織→細胞→オルガネラ(細胞内の器官)→超分子複合体→高分子などの存在が見えてくる。
この2つをかけあわせると、この宇宙はどこまでもつながっているとともに、人間の身体というのは、なんて丁度いいサイズなのだろう、と感心する。
アートと科学は、一見相反する営みのようにみえるが、実のところ同じものだ。両者は共に、人間の根源的本能である、この宇宙/世界を知りたい、表層の下にある見えない全てを理解したい、すなわち不可知を可知に、不可視を可視にしたいという知的欲求から発生した。
新井の銀河文字の記号、あるいはイメージを観ると、思わず手を合わせたり、涙するものが現れると言う。なんの説明も無いにもかかわらず、国内外からSNSを通じて多くの人が展示会に訪れてくる。こうしたマーケティングとは無縁の癒しがおこるのは、新井がこの宇宙に存在はするが不可知・不可視の「何か」を現前させるからであろう。
メンデルは18世紀に不可視の遺伝子の存在を予測し(今では実在が確認されている)、アインシュタインの相対性理論が予言したブラックホールを、人類は百年後に実際に目撃した。科学もまた「銀河文字」を現出させる手段である。
私の専門であるオートファジーは、細胞の内部の物質分解装置である。細胞は日々オートファジーによって少しずつ分解されており、分解された部分はすぐに別の装置によって合成される。すなわち、見た目は変わらないが細胞は部分的な死と再生を繰り返し、数十日で完全に新しい細胞になっている。
この営みによって細胞は正常な状態(恒常性)を維持し、37兆個の細胞からなる人間も健康でいられる。オートファジーが低下し、部品の入れ替えが止まると細胞はたちまち劣化し、人間は病気や老化に見舞われる。破壊神シバのような存在であるオートファジーが、我々を生かしているのだ。
新井の画業は、枠にはまって陳腐化している我々の世界認識を一旦壊し、見えていなかったものを見せ、精神を新たな地平に昇華するという点でオートファジーによる細胞新生に似ている。
生命は、恒常性を維持すると同時に環境に適合するために実に柔軟に変化/進化する。目もくらむような生物の多様性は、まさに自然の驚異だ。私は、新井作品にも同様のダイナミクスを感じる。光と闇が同時に描かれ、二律背反によって視るものの内部で成長拡大を続ける。閉じておらず完結もせず、振動し生命と同じくトランジエント(一過的)で動的であることが、観察者に宇宙を見せ、魂をゆさぶる。
新井の絵が生まれる過程自体も、科学の方法論と相似している。常識に囚われない自由な議論、忌憚のない意見交換で新たなアイデアが産まれ、科学は進む。新井は、直感でイメージを降ろすために、ふだんは極力自分のエゴを無くすようにしているそうだ。そのために各地の自然の中で滝行し法螺貝を吹くという、近年の新井はあたかも山伏における修行僧のようである。
新井は、世界各地に足を運び、そのエッセンスを吸収し、和紙、デジタル、アクリル、金箔など各作品に適した素材を使用する。あたかも生命科学者が、酵母からヒトの細胞に至るまで様々な生物種を研究対象とし、MRIや電子顕微鏡などの種々の技術を駆使するように。
銀河文字がなぜ視るものの精神を揺さぶるのか、現在の科学では解明できない。ユングのシンクロニシティ〜意味のある偶然の一致〜を説明できないように。しかし、誤解されがちなことだが、科学者は科学で説明できないことを否定しているわけではない。
否定も肯定もせず、今は説明できないと言うだけだ。だが、常識的思考では思いつく由も無い遺伝子やブラックホールも、テクノロジーの進化により我々はそれらが本当に存在することを目の当たりにできた。現在の還元論的な科学の超克が必要かもしれないが、いつの日か銀河文字の原理を我々は知ることができるに違いない。
吉森 保 プロフィール
生命科学者。専門は細胞生物学。大阪大学大学院生命機能研究科/医学系研究科教授。紫綬褒章他受賞多数。ノーベル賞受賞の大隅良典博士と共にオートファジーの解明を進めた。著書に『LIFE SCIENCE 長生きせざるをえない時代の生命科学講義』(日経BP)、『生命を守るしくみ オートファジー』(講談社)など。
彼は「銀河文字」を通して私たちに宇宙を見せてくれる
He shows us the universe through the “Galaxy Words”.

アンドレアス・クラフト ベルリン芸術大学教授
Andreas Kraft Professor, Berlin University of the Arts
今でこそスマートフォンやITは社会に浸透しているが、私は身体の重要性を日々再認識している。2000年当時の私は非常勤講師として、東京の多摩美術大学情報デザイン学科でデザインとプログラミングを教えていた。多くの学生がテクノロジーやデザインの新しい可能性に挑戦している中、新井はひとり伝統的な技法にこだわっていた。私を含め教員達は、彼がデジタル技術の新たな可能性に乗り遅れているのではないかと考えていた。
今となっては全く逆で、彼のプロジェクトは「東京の街を自分の足で歩き、それぞれの街の特徴を記号とタイポグラフィで視覚化した」ものであり、それは身体的な体験を通して現実を見つめ直すことの重要性をすでに表していた。このとき使用した文字のコラージュは、私の故郷ベルリンの1920年代のダダ運動を思い起こさせるものだった。彼の文字は巨大な黒い文字と画像のコラージュで、自分の置かれた現実を再定義していた。これは直観がなせる業なのか、その時すでにロバート・ラウシェンバーグやジャスパー・ジョーンズと同等の表現をやってのけていたのである。
今でも新井は地球環境を調べあげ、ビエログリフに似た記号や古代文字のタイポグラフィを使って、人類が次なる時代へとシフトする意味のレイヤーを視覚化している。学生時代は小さな紙に丁寧に記号を描いていただけだったが、今や大きなキャンバスに大胆な筆致で作品を制作している。ダンスヘの情熱を知る私にとって、その筆跡はイメージの要素の象徴だけでなく、それがどのように描かれたかという運動の象徴でもあることが理解できた。
そのイメージは少しキース・ヘリングのドローイングを思い起こさせるが、新井の場合はポップアートというより、もっと形而上学的だ。彼は産業革命からの文化とデジタルすらも「自然」と捉えているが、それは意識が拡大している世界の見方なのだ。新井の作品はシンボルであり、それを通して私たちに宇宙へ旅する先の時代を見せてくれる。
現在は過去と未来をつなぐ
Present connects the past to the future.

久保田晃弘 多摩美術大学教授
Akihiro Kubota Professor, Tama Art University
新井文月の「銀河文字」と出会って、僕がまず思い出したのは、古人類学者ジェネビーブ・ボン・ペッツィンガーが発見した、古代の記号群であった。ペッツィンガーは、1〜4万年前の氷河期の洞窟に残された、有名な動物の絵ではない、落書きのような「記号」に注目した。そして52の遺跡、368の洞窟に残された5000個以上の図を収集することで、幾何学記号のデータベースを作りあげた。しかも彼女は、それらの記号が、わずか32種類の記号に収斂できることを発見した。
身振りや話し言葉から書き言葉、あるいはイメージから言語へのトランジションを示すこれらの記号は、ある程度の時間幅があるにせよ、地理的に遠く離れた場所に同じものが現れる。無線やインターネットのような遠隔通信の技術を持たない、遥か昔の人々が、現代の素粒子論や量子論さながらに、こうした非局所的な同時性や継続性を持ち得たのはなぜなのか?
芸術にせよ、科学にせよ、工学にせよ、哲学にせよ、人文学にせよ、それらはみな、ここ数十〜数百万年の地球の状態と、進化によって形作られた人間の身体の基本構造に根ざした、環境的、身体的なものに根ざしている。数学といえども、その体系の基盤となる公理システムは、他の日常言語と同じように、私たち人間の、身体化された経験に基づく認知活動から生まれた。
人間の感覚、思考、そしてコミュニケーションは、脳を含む人間の身体を通じてつながっている。言語学者のジョージ・レイコフと、哲学者のマーク・ジョンソンは、そうした日常の経験から抽出される抽象的・一般的な認知図式を「イメージスキーマ」と名付けた。氷河期ヨーロッパの幾何学記号も、新井の銀河文字も、このイメージスキーマとの深い繋がりを感じさせる。それは社会をかたち作る、人間のコミュニケーションの基盤であり、メタファーによって拡張する、人間の思考の基盤であり、芸術という、人間の、人間による、人間のための諸表現の基盤である。
新井の絵画を見ていると、そこに描かれているものそのものだけでなく、そこから枝葉のように分かれていく、あるいは時間を遡っていくような、それが属しているであろう世界や宇宙が立ち現れる。銀河文字が、文字の始原としての太古の共通記号につながっていく。未来を創造することと、過去を想像することは見分けがつかない。過去と未来は現在によってつながっている。
「それ」は何か特別なものというよりも、あたりまえであるがゆえに見過ごされているもの、気づいているはずなのに普段は隠れているものを顕にする。「それ」は決して、超越的、抽象的なものではなく、人間であればだれもが否応なく感じてしまうもの、考えてしまうものを思い起こさせる。芸術の対象そのものではなく、対象との関係としての体験が個別のものであればあるほど、「それ」は普遍とつながっていく。すると人間一人ひとりの存在が、肯定的でもなく、否定的でもなく、批判的、発展的に受け入れられるようになる。
100万光年先の銀河から、地球にその光が到達するためには、100万年という時間が必要だ。銀河をみるということは、遥かな過去をみる、ということでもある。地球から「近い」銀河といっても、それは地球からおよそ1170万光年以内にある銀河のことを指す。地球から最も近い銀河とされる、おおいぬ座矮小銀河(Canis Major Dwarf Galaxy)ですら、約2万5千光年の彼方にある。今私たちが見ているこの銀河から光が放たれた頃、人類は記号システムを少しずつ生み出し始め、今それがようやく解明され始めた。確かに、すべては相互につながっている。新井の銀河文字や、そこから生まれたさまざまな活動も、そんな普遍的ネットワークの中にある。
久保田 晃弘プロフィール
多摩美術大学情報デザイン学科メディア芸術コース教授。「ARTSATプロジェクト」の成果で、平成27年度(第66回)芸術選奨文部科学大臣賞(メディア芸術部門)を受賞。著書に『遙かなる他者のためのデザイン』(BNN新社/2017)、『メディアアート原論』(フィルムアート社/畠中実と共編著/2018)などがある。