孤高の理想家『僕はポロック』

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芸術家にも色々なタイプがいて、ミケランジェロのようにルネサンスのギルドでその腕を発揮する人もいれば、ゴッホのように耳を裂き苦悩しながらも純朴に内面美を追求する人もおり、ピカソのように頭脳と腕を駆使して王座に君臨する人間もいる。ジャクソン・ポロックはというと、若い頃は病的なまでのシャイであり、何よりも生涯アルコール依存症だった。
 
アル中のポロックは、人生のほとんどをセラピーを受けながら作家活動を続けていた。彼が生み出したドリッピング技法というポタポタと塗料をたらしこむ絵画手法は自分の手先を離れた所で生み出される無意識の内的表現であり、これは世界中に知らしめることになったが、いつも見えない恐怖が襲ってくるのをアルコールに頼っていた。ただ、どんなに酒に溺れた生活でも、アトリエではシラフだった。本書では幼少期から妻とのロングアイランドでのアトリエ生活を経て、飲酒運転で事故死するまでの人生が纏められている。
 
なんといっても本書の魅力は、随所にイラストが使用されていることだろう。アートの人物伝となると、格式高く見せようとするのかなんなのか、往々にして装丁からお堅いものが多くなるが、本書はイラストと本人の作品が年代別に挿入されるので、お気楽に楽しめる。※イラストの熊はたまり場での彼が酒に溺れる様子

本書シリーズには他にもダリやウォーホルもある。ただ彼等は鬼才を装うため、メディアを駆使して世の中を驚かしてやろうかという愉快犯的な人間像も垣間見える。もちろんそういった人生も楽しいのだが、かたやポロックはというと、とにかく不器用ですぐにキレる。事あるごとに酒に頼って潰れてしまうので、弱い部分を多く見せている点では親近感が湧いてくる。
 
ポロックの時代は、ピカソというモンスターが芸術界を支配していた。第二次世界大戦中、アメリカの画家はほぼ全員、シュルレアリスム達とピカソやミロの影響を受けており、無意識から湧き上がるイメージを重視した抽象的スタイルに走っていった。ポロックも例外でなく、初期の作品はピカソのパクりかな?と思えるほどの絵しかない。

”ちくしょう、すべてピカソがやってしまった”

脱却を試みるも、なかなか独自の世界が構築できない。そしてまた酒に走る日々。そんなポロックにも転機が訪れる。NYで開催された「合衆国のインディアン芸術」展は、ポロックの目にはユタの岩絵の飾り気のない背景と大胆に抽象化された造形は、かなりモダンに映ったようで、ここからインディアンの砂絵師のように床に向かって制作するようになる。ポロックはそれまでのイーゼル文化から脱却することになる。アメリカの大学では哲学の中にAesthetic(エスセティック=美学)と呼ばれる普遍的な美と美意識を学ぶカリキュラムがあるが(日本の教育に全く浸透されていないのが残念)、ポロックは絵画の常識を学んだ上で、それを打ち破ることに成功した。
 
本書の解説と照らし合わせるとすんなりと理解できるが、酒と躁鬱に苦しんでいたにもかかわらずポロックの作品からは、生きる喜びが溢れ出している。それらはまるで宇宙の真理まで理解しているような印象だ。実際にMOMAにあるポロックの絵『ナンバー1A』を見ると、制作した村のでの夜が醸す色合いや、そこに潜む不気味な手触り、また宇宙にまたたく星の輝きまでみれる気がした。実際は、ポロックの作品は殆どカオスな作品とみなさられたらしいが、批評家の何人かは心の解放とエネルギーの存在を感じるという声もあった。
 
のちに彼はアート界での女帝コレクター、ペギー・グッゲンハイムと専属契約を結ぶことになる。ちなみにセントラルパーク付近にロール状の建物グッゲンハイム美術館があるが、これは彼女の叔父ソロモン・R・グッゲンハイムが創設。いきなり1Fからピカソ、モネ、ルノワールと大作家達の作品が普通にお出迎えするので、アートに興味ない人もオススメ。ペギーはポロックの作品の重要性を理解しておらず、周囲の批評家からの賛辞をそのまま受け彼の作品を購入しただけだった。その事実はポロックの自尊心を大きく傷つけた。ただでさえ、ポロックは繊細な人間なのだが。ポロックは彼女の家でレセプションの最中、酒の力に頼り虚勢を張り、彼女の家の暖炉に小便をして帰ってしまう。
 
本書は気軽に読めるのに解説が的確だ。彼の作品はオールオーバー(全体に及ぶ)構図にあるが、好きなパターンをたどってもいいし、途中で別のリズムに注目してもいい。本人はキャンバスも木のパネルに張ることはなく、キャンバス自体を床もしくは壁に直接鋲で打ち付けるほうが好きだと語っている。床にむかって絵を描くとき、彼は自由を得ることができたようだ。創作には恐怖も伴うはずだ。もし失敗したら?もし個性を表現できず、何枚描いても失敗ばかりだったら?と本を通じて画家の思いを疑似体験できる。しかし最後まで心理状態がアンバランスのままでも理想を諦めなかった彼の強さは、作品と照らし合わせながらも充分に伝わってくる。見応えと読み応えある一冊。
 


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